幻の島を探した偉人・水谷新六の経歴・人生について

南鳥島の発見者 水谷新六
南鳥島の発見者 水谷新六
偉人の人生

水谷新六とは?

水谷新六とは、幻の島を探して冒険をした偉人です。今では文明が進んで地球を外側から見れるようになりましたが、昔はまだ発見されたことが無い、または誰かが発見したもののどこにあるかが分からない島が色々ありました。

水谷新六は幻の島を探したのですが、その道中に起きた事は興味深く、経歴を辿るだけでとても面白いですよ。

水谷新六の経歴・人生

三重県に生まれ、東京へ

水谷新六は1853年、三重県の桑名市に生まれました。そして明治元年に東京に出て、最初は呉服屋さんで働き始めます。16年間ほど働いたようで、このあと父島という島に移り住むのですが、きっとこの呉服屋さん時代にお金を貯めていたのでしょうね。

父島で貿易

水谷新六は東京都特別区である小笠原諸島の父島に移り済み、金十字社という会社を作って貿易を行います。貿易はサイパン島やミクロネシアの島々などと行っていたそうです。サイパンと言えば日本から2500㎞ほど下にある島ですが、父島からであれば多少は近くなりますね。

父島 画像

父島 画像

グランパス島の噂と探検

水谷新六は貿易を行っていた頃に「グランパス島」の噂を耳にしました。グランパス島とは1788年にジョン・ミアーズという方によって発見された島で、水谷新六は興味を持ち探しに行くことにしました。

しかし、何度探検しても見つかりませんでした。(グランパス島は実は実在しなかったのですが、当時は実在しない島が地図に書いてあることがよくあったようです。1900年までグランパス島は海図に載っていました。)

グランパス島 地図画像

グランパス島 地図画像

マーカス島で羽毛採集事業を

グランパス島を探している途中で、水谷新六はマーカス島という島に着きます。これは既に発見されたされていた島で、数人の方が既に住んでいました。このマーカス島にはアホウドリが大量に住みついており、当時アホウドリはお金になる鳥とされていたので、水谷新六はすぐさまマーカス島に人をよこして羽毛採集事業を始めます。

無謀な脱出

マーカス島で羽毛採集事業を営み始めた水谷新六は、人をもっと増やす為に、小笠原諸島から入植者を乗せて再びマーカス島へ向かい始めました。しかし、マーカス島に辿り着く目前で座礁してしまい、なんとか島には入れたものの船で帰る手段が無くなってしまったのです。

マーカス島周辺に船が近づくこともあまりありませんでしたので、無謀だと知りつつも水谷新六は伝馬船(てんません)で脱出を決意します。伝馬船とは小型の木製の船のことで、航海をするにはもちろん無謀な船です。

マーカス島から伝馬船で漕ぎだしましたが、海の流れで方向も変えられてしまい、最終的には千葉県勝浦市付近で救助されました。距離にして1800㎞、一か月近くも漂流したそうです。

南鳥島の場所 画像

南鳥島の場所 画像

南鳥島を開拓

無事に本土に帰れた水谷新六は、日本政府に進言。日本政府はマーカス島を日本領土とすることにし、名前を南鳥島としました(南鳥島と言いながらも、南鳥島は日本の最東端です)。因みに南鳥島は、「水谷島」と命名される可能性もあったそうですね。

南鳥島と命名されたあと、水谷新六は、10年かけて南鳥島を開拓していきます。このタイミングで水谷新六が開拓したことが占領の証となり、アメリカとの領土争いに勝ち、現在も日本領として存在しています。

因みに南鳥島は太平洋戦争中には日本海軍の航空基地として使われ、現在はアメリカの沿岸警備隊員が駐留していたり、保全管理の仮庁舎があったりします。南鳥島周辺でレアアースが発見されたことも話題になりましたね。

南鳥島 画像

南鳥島 画像

その後も探検し続けた水谷新六

水谷新六の激しい冒険はここまでなのですが、実はその後も探検し続けていました。沖縄付近から台湾、ハワイなどにも出かけ、新しい島を探しては開拓をすることに人生の大半を注ぎました。

水谷新六のその後は?

晩年が分からない水谷新六

水谷新六は冒険をし続けたということは分かっているようですが、晩年については語られていません。冒険をする中で何か不幸があったのか、それとも全く知られていない土地で晩年を過ごしたかなどについても分からないのです。

水谷新六の晩年が気になる声も

冒険話が好きな方にとって、水谷新六はとても興味深い人物です。ですので、その後どうなったかが気になるという声も多々あります。しかし情報が無い為、今となっては誰も分かりません。ひょんなところから情報が出てくるといいですね。

まとめ~水谷新六の人生~

今回の「幻の島を探した偉人・水谷新六の経歴・人生について」はいかがでしたでしょうか?

一番印象的なのは、やはり伝馬船での脱出でしょうか。水谷新六自身もかなり無謀なことだと分かっていたのではないかと思いますが、結果的に成功して本当に良かったですね。水谷新六がいなければ南鳥島はアメリカの領土となっていた可能性が十分にありますので、日本の領域を守った人物だと言えます。無謀なチャレンジに取り組みたくなった時、水谷新六の冒険を思い出しましょう!